渡辺武信氏講演会

明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
12月に行われました渡辺武信氏講演会について日本建築家協会関東甲信越支部機関誌(ブルチン)へ寄稿しました。ここにご紹介したいと思います。

渡辺武信氏講演会・住宅における物語性とヴァナキュラー性の意味」

12月9日、関東甲信越支部住宅部会主催で渡辺武信氏の講演会が60名を越える参加者の中、行われた。テーマは「住宅における物語性とヴァナキュラー性の意味」である。氏の著書「住まい方の演出」と訳書「建築家なしの建築」を手がかりに氏の作品を含めた講演と共に進行役(筆者)との対話の中で建築家、渡辺武信氏の味を浮き彫りにするという企画である。会に先立ち、近藤理巳部会長から、氏の著書の重要性と共に、異なる世代の交流の大切さが述べられた。
武信氏一流の多様な方向で話が展開する中、まず表出したのは、氏の親友かつライバルであった宮脇檀氏との違いであった。宮脇氏のボックスシリーズに代表されるモダニズムに対し、勾配屋根を支持するなど、モダニズムとは一味異なる視点である。「私は変わらないが、宮脇氏は変化し続けた」とのコメントもあった。氏の作品の特徴に日本文化に対する深い洞察がある。これは「住まい方の演出」の中で、外開きの扉の利点、襖や障子を通して人のけはいを感じる心、縁側の動線と交流の機能などが分析されている。またドラマという言葉が映画の事例と共にたびたび登場し、ドラマを作る演出、すなわち物語性の設計についてクライアントの意識を具現化する姿勢がうかがえる。氏の住宅設計の手法に「ロック」と「奥」がある。「ロック」はアレキサンダーとシャマイホフ著「コミュニティーとプライバシー」で提示されたプライバシーを確保するための干渉空間であり、プライバシーが確保された安心できる奥まった場が「奥」である。これらの手法を含め、画像により氏の作品説明があった。この中で「壁を大事にする/インテリアをニュートラルにする/装飾的にしない/居間に吹抜けを作らない/窓には垂れ壁を設けない」などデザインの特徴が語られた。
ポストモダニズムにおいて様々な思想が展開されたが、骨太の思想として物語性と文脈主義があげられる。ヴァナキュラー性は文脈主義に繋がり、それらが氏の著書と作品に見られるのが興味深い。なぜなら、氏が建築教育を受けたのは、1960年代であり、モダニズムの思想がダイナミックに展開されていた時期であるからである。インターナショナルスタイルと対比的な「バーナード・ルドフスキー著、建築家なしの建築」(1965年)は世界の建築思想に大きな影響を与えたわけであるが、それを氏が翻訳する中で、無意識にせよ何らかの形で氏自身の建築に影響を与えたのではないかと推察される。宮脇檀研究室OBや学生からも質問やコメントがあった。氏の厚みのある建築観は参加者にも刺激を与えたのであろう。氏が、講演会において最も求めていた異世代間交流への思いは、氏の建築理念と共に参加者達にしっかりと伝わったのではないかと思う。
氏は「建築家はクライアントのお金を使って建築をデザインしているから、建築は芸能である」と明言した。そこにはクライアントの思いを形にする姿勢がにじみ出ている。この講演会の前打合せで氏から手紙を頂いた。「連さんが紹介してくださったように(機能主義の風潮の中、その後のモダニズムの動向を捉えた)というほどの業績をあげたまでは思っていません。ただアトリエ事務所に拠る一人の建築家としてクライアントが言葉では表現できない要望まで読み込んでデザインしようと心がけてきたことは確かです」とあった。講演会では時間の関係で紹介できなかったが、世代を超えて再考すべき意味深き言葉である。